※この研究は、松田佳祐博士研究員、足立晴彦元院生により行われました。
変身ヒーローの魅力
男の子の熱烈な支持を得ている仮面ライダーや戦隊シリーズなどでは、必ず、ヒーローが「変身」する。また、女の子用のアニメでも、主人公が変身するものは多い。何故、それらの番組に「変身」が必要なのだろう。私見だが、「変身」は子供たちと「ヒーロー」を繋ぐ架け橋なのだと思っている。子供とはいえ、自分の能力に限界のあることはわかっており、だからこそ、強い存在にあこがれる。必然的に、主人公は悪をなぎ倒すスーパーマンでなければならない。だが、主人公が強ければ強いほど、それは自分とは遠い存在となり、共感しにくくなってしまうのだ。そこで、「変身」というギミックが必要になる。普段は、自分と同じような普通の人が、「変身」により強くなるさまを見ることで、自分が強くなったような錯覚が起きるのである。戦うヒーローの姿は、変身した自分なのだ。
しかしながら、ここで、生物学者としていわせてほしい。昆虫の変態は、変身ヒーローの変身に勝るとも劣らない、本当に、本当に不思議で素晴らしい現象なのだ。なにしろ、あの芋虫が、いきなり蝶になるのである。子供の時から知っているから驚かないが、もし、知らないでいて初めて見たら、ヒーローの変身と同じくらい、いやそれ以上に現実とは思えないだろう。
昆虫は、変態により、シンプルな芋虫体形から、突然、翅を生やしたり、鎧をまとったり、武器を手に入れたりできる。人間には、そんなこと絶対にできない。どうやったらそんなことが可能なのだろう。考えれば考えるほど、不思議である。だから、とっても知りたいのである。
幼虫から蛹への変身
さて目的はともかくとして、生物学の基本は「観察」である。まず、カブトムシの成長過程を見て、何が起きているのか、想像してみよう。
上の図のように、大きな体形変化が起きるのは、幼虫から蛹にかけてである。あまりにも形態が違うので、もはや、同じ種の生物と思えないくらいだ。蛹から成虫にかけては、角はシャープになるが、大きさ、先端の分岐等、特徴のほとんどが既に完成している。それほど大きな違いはない。だから、角形成の原理を知るなら、幼虫から蛹への変化に集中することになるだろう。しかし、どうしたら、こんな大きな角がいきなりできるのだ?
その過程を観察するため、幼虫から蛹への変態をビデオに撮ってみた。幼虫の頭には、黒くて固いヘルメットのような外殻があるが、それがX字に割れて、中から突起状のものが飛び出してくるのが解る。それが、2時間弱かかって、角の形状に延びていく。最初は白くて柔らかいが、数時間経つと、色がついて固くなる。ううむ、この、頭のヘルメットの中のものが何なのかを調べればよいということだな。
折り畳み風船方式の角形成?
そこで、黒い外殻の周囲をメスで切って取り外してみた。すると、中には、なんだか丸っこいものが入っている。しかも、表面になんだか皺のようなものが見える。
それを取り出して拡大したのが下の図である。以下、これを角の前駆体と呼ぼう。
前駆体の表面にたくさんの皺皺が見える。色はついていないが、なんだか、シマシマの模様のようにも見える。この内部はどうなっているのだろう。中に水流を流して洗ってみた。中からは、どろどろの液体が出てくるが、特に、形のあるものは出てこない。終には、下の図のようになってしまった。中には、本当に何もない。あるのは、皺皺の風船のような袋状構造である。なんだ?これは?
基礎生物学研究所 新美輝幸氏のデータ
風船なら、膨らませて大きくしているのかも知れない。そう思って、脱皮のビデオを見直してみると、幼虫の腹部が、後ろから前に激しく蠕動運動するのが見える。いかにも、体液を頭部に送っているかのようだ。この「風船」は体液で膨らましているのかもしれない。それなら、幼虫のお腹を指で押したらどうなるだろう。ちょっと野蛮な気もするが、やってみた。
すると、驚いたことに、本当に頭部の皺皺が膨らんで、あっという間に、角の形になってしまったのである。まるっきり、風船ではないか。いや、畳んである提灯を膨らますのに近いかな。いずれにしろ、カブトムシの角は、幼虫の頭の中に「折りたたまれて」格納されており、体液の圧力で膨らみ、大きな角が出来上がるというわけだ。昔、お祭りの出店で売っていた「ピロピロ笛(吹き戻し、というらしい)」に似ていて、ちょっと笑ってしまう。
吹き戻しの作り方は、簡単である。まず、長い袋状の紙を作り、それにステンレスの鋼線をテープで張り付ける。次に、それを机の角などでしごくと、鋼線が丸まった状態になる。最後に、袋の先にストローなどをつければ一丁上がり。とても簡単だ。
だが、カブトムシの角作りが同じように簡単か、というと、残念ながら、全くそうでは無い。吹き戻しを作るのが簡単なのは、膨らんだ形を最初に作り、それを折りたたむ(丸める)からである。できたものを折りたたむのは、簡単だ。しかし、順番を逆にすると、同じことが、ものすごく難しくなる。カブトムシ幼虫は、
一度も角の最終形態を作ることなく、「展開したら角の形になる複雑な折り畳み構造」を、いきなり作る
のである。どうやったら、そんなことができるのか?そもそも、どのような設計原理があれば、そんなことが可能なのかまったくわからない。だが、カブトムシがやっている以上、可能には違いない。
うむ。なかなか興味深い「謎」である。もしかすると、新しい技術を生み出すきっかけになるかもしれない。例えば、この原理を極めれば、宇宙船の中の狭い空間で、任意の3次元形態をもつ巨大な構造物を作ったりできるのではないだろうか。
折り畳み(皺)を観察する
再び、じっくりと前駆体の構造を観察する
写真に見るように、大雑把には、キノコの傘を一部カットした形である。以下、これを「マクロの形態」と呼ぼう。そのマクロの形態の表面に、細かい皺が入っている。つまり、折り畳みは、2重構造になっている。皺の特徴については、写真よりも、CTで取得した3次元データの方が解りやすいので、下の写真を見ていただきたい。CTだと、皺を内側から見ることもできる。
キノコの傘の部分の上面の皺は、おおむね等間隔であり、深さも均一である。(断面図Aの部分)。傘の下面(Bの部分)や、その下にある基部の皺も、深さと間隔が一定であることは同じだ。つまり、皺は無秩序に形成されているのではなく、きっちりと制御されていることが解る。幅、深さがほぼ一定なので、場所によって異なるのは、皺の方向であり、上から見ると、それが皺のパターンとして認識できる。その皺パターンも、左右対称であることから、方向に関してもしっかりコントロールされていることがわかる。
一方、キノコの傘が切れ込んだ部分(C:茎に相当する)部分だけが、皺の断面に秩序が無くなっている。皺は突然深くなり、また分岐しているのもある。この部分の皺は、左右対称ではないので、他の部分ほど、厳格にコントロールされてはいならしい。ただ、3Dの図で見ると、この部分でも、皺の方向性は軸に対して水平な方向に保たれていることが解る。
以上をまとめると、
①折り畳み構造はマクロの構造とミクロの皺に分かれる
②マクロの構造は、キノコの形。
③皺には、部位により性質の異なる2種類あるらしい。傘の上下部分、基部では、深さ間隔が一定であり、方向が場所により異なる。茎部分では、方向は一定であるが、深さ、間隔は調節されていない
となる。結構、複雑である。
前駆体の各部位と皺の対応
折り畳みと皺が、どうやって3D形態を作っているのかを知りたいのだが、展開前の3次元の構造は、あまりにも複雑だし、内側の皺は外からは見ることもできない。変形が激しすぎて、原基のどの部分が、展開後の角のどの部分に対応するのかすら、わからないのである。30年前なら、手の出しようがなかったかもしれない。しかし、現代には、計算機という必殺技がある。
まず、できるだけ、生きている状態に近い前駆体の形状を取得するため、幼虫を、瞬間的に冷凍し、頭部の連続切片から、3次元の皺皺構造を計算機の中に再構築する。
次にその3D構造を、映画のCGで使うようなメッシュデータに変換することで、各部分へ力を加えることができるようになる。あとは、内側から圧力をかければ、蛹化時に角が膨らむ過程が、計算機上で再現できる。
このように、実際の幼虫から取得した折り畳み構造が膨らんで、ちゃんと、角の形になるのだ。そうなることはわかってはいたが、この結果を見るのは感動的であった。まさか、生物学の研究でCGをやることになるとは思わなかったが、実に便利な「道具」であることを認識した。これからの生物学者には、CGの技術は必須かもしれない。
角原基を3つの部分に分ける
このシミュレーションは、折り畳みと3Dパターンの関係を調べるのに、いろいろと使える。まず、折り畳みには、表面からは見えない内側の部分もあるので、分割して、見えるようにしたいが、そのままでは、どこで切り分けたらよいかわからない。そこで、一度、展開したのちに、3つの部分に(先端部、茎部、基部)分け、それをシミュレーションの逆回しで折り畳む。それぞれのパートが、先端分岐構造構築、柄の部分の伸長、角全体の立ち上がり、を担っているのが解るので、これで、パーツごとに皺パターンの意味を調べていける。
さらに、シミュレーションでは、展開前の一部の皺を消し(皺を浅くする)それによって、展開後の角の形が、どのように変わったかを調べることもできる。この方法により、理論的には、皴の一本一本の意味を解析していくことも可能である。
皺の意味を解析する
上記の方法を使って、それぞれの部位における皺(折り畳み)と3次元構造の関係を調べたのだが、その詳細を全部説明すると長くなるので、ごく一部だけ紹介したい。
先端の突起
まず、一番気になる先端の突起部分である。シミュレーションで、先端部分をさらに3つに色分けする。赤が外側の突起、白が内側の突起、紫がそれ以外の部分である。次に、それを逆再生して、展開前の状態に戻すと、それぞれの部位の正確な位置が解る。
図からわかるように、外側の突起は、キノコの傘の先端に対応している。この部位には、皺がほとんど無く、展開前後で変形しない。つまり、外側突起は、展開前から存在しているのである。一方、内側の突起は展開前には存在しない。その場所に相当するのは、ほぼ同心円状の皺パターンを持つ白い領域である。同心円の皺を展開すると、何が起きるだろう。シミュレーションを行うと、下図のように、円錐状の突起ができることが解る。
実際、角の3Dデータを使い、この部分の皺だけを浅くしてから、シミュレーションで展開させると、内側の突起が無くなることが証明できる。同心円状の皺パターンが突起を作り出していることが解る。
先端部の立ち上がり
キノコの傘の縁の部分は、展開前には、下に垂れ下がっているが、展開後には、斜め上45度に立ち上がっている。これはどのように説明できるのか。展開前の先端部の下面には、皺はほぼ平行に走っている。平行な皺が伸展すれば、平面が、皺とは垂直方向に延びるだろう。一方、上面には、先ほどの同心円状の皺があり、上方向に突起を作ることはできるが、水平方向には伸展しない。キノコの傘の上下におけるこの違いが重要である。
上下の伸展に差があれば、上図のような変形が起きる可能性があり、実際に、シミュレーションで、下面の皺を低くしてしまうと、立ち上がり角度が小さくなるのが観察できる。
上記は一部の例であるが、だいたい、理解していただけたと思う。規角前駆体の先端部では、規格サイズ(間隔、深さ一定)の皺を全面に配置し、方向性だけをコントロールすることで、先端部分の造形は行われているのである。
中央の柄の部分
茎の部分は、展開前の折り畳みは非常に複雑だが、展開したときに、単純な円筒形になる。もともと折り畳みが作られる前の上皮細胞の形は半球状であり、対応するのは、下図にあるようなベルト状の領域であり、形状は、高さの低い円筒である。つまり、この部分は、単に上下方向に延びるだけで、立体的な変形はしていないのである。実際の幼虫の頭部では、物理的に上に延びることはできないので、円筒が上下に伸長すると、水平方向に「受動的に」皺が入ることが予想できる。下の図のように、簡単な理屈である。
しかし、このときに、一つ3次元の変形に特有の、ややこしいことが起きる。円筒状の平面に、水平な皺を入れようとすると内輪差が生じるのだ。下図からわかるように、平らな面をジグザクに折った場合、山と谷の先端部の長さは同じだが、筒の形状をしている場合、山と谷の部分で、円周の長さに差ができる。これが内輪差である。
もともと円筒構造であり、各部分の円周の長さに差は無いはずなので、内輪差は、何らかの3次元の形状として、解消しなければならない。そこでまず、物理シミュレーションにより、上下を固定した円筒を、均一に伸長させ、どんな折り畳みになるか実験してみた。
まず、円筒のズボンをぐしゃっと上下につぶしてみる。すると、上図右の様に、折り畳みの凸と凹が、途中で入れ替わるような折り方になる。これは、内輪差を解消する一つの典型的な折り方で、ダイヤモンド折として知られる。
次に、下図のように「山」の形に折った布で、折った部分の円筒の内側になるように変形させる。すると、「山」の峰部分が褶曲することで、内輪差が解消される。
実際に前駆体を内側から観察すると、この2つの特徴的な構造を見つけることができる。これらの特徴から、おそらく、茎部分の折り畳みは、狭い空間での伸長により寄って、受動的にできたものと考えられる。
細胞がどうやって皺や折り畳みパターンを作るか
さて、上記の様に、皺パターンと3次元形態との関係は、大まかにはわかった。しかし、原基の細胞は、どうやって正確な皺パターン作っているのだろうか。それを解明しないと、この話は終わらない。
生物を操作するには、遺伝子を変える必要がある。残念ながら、現時点でカブトムシの遺伝子を世代を超えて改変する技術は無いが、その代わり、RNAi(注)というやり方で、特定の遺伝子の働きだけを抑制することができる。この方法により、それぞれの遺伝子が、どのように機能して、前駆体の折り畳みを作っているかを調べることができる。例えば、notch遺伝子の機能を抑えると、皺を浅く、細かく変化させることができる。面白いことに、このとき、マクロな形態はほとんど変わらない。このことから、マクロな形態と皺パターンを作る原理は、全く独立であることが解る。
一方、cycEという遺伝子を抑えると、今度は、皺の深さや間隔は変化しないが、皺の方向がギザギザになるという変化をする。
皺の間隔と方向を決める遺伝子(仕組み?)は別であるようなのだ。
また、場所ごとに違う遺伝子が働いていることも解っている。Dsという細胞の極性を変える遺伝子を抑制すると、先端部分の皺に変化は現れないが、茎部の皺の数が顕著に減り、また浅くなる。(赤い円の部位)この部位の皺が浅くなると、茎が短くなるが、他の形態(特に先端部)の形は変わらない。
先端部の形を変える遺伝子は別にある。下の図では、先端部の分岐の角度が狭くなったり、切れ込みが無くなる遺伝子の例を示している。
上の例だけでも、茎の長さや先端部の形を独立の調節できるのだから、遺伝子の数を増やしていけば、いろいろと組み合わせを変えることで、任意の角形態を作れるのも、時間の問題であると考えている。既に10個以外の面白い遺伝子のコレクションができている。それらの遺伝子を組み合わせてRNAiを行えば、もっといろいろなバリエーションの角ができるはずだ。
外骨格という宿命を逆手にとって利用した形づくり戦略
昆虫を含む外骨格生物は、体の外側に、クチクラという固い物質でできた鎧をまとっている。内側にはそれを動かすための筋肉があり、中心部には消化器などの内臓がある。それ以外の部分は、どろどろの液体だ。筋肉や内臓は変形するので、はっきりした形は無い。「形」があるのは表面だけなのである。
この「外側に鎧がある」という構成は、外敵から体を守るためにはとても便利なのだが、本体が成長するときに、とても困る。格闘アクションものの漫画やアニメで、主人公が気合を入れると、体が大きくなるシーンを思い出してほしい。
鎧は大きくならないから、本体が大きくなれば、破れてしまうのである。逆に、鎧を保持しようとすれば体を大きく成長させられない。これが、昆虫などの外骨格生物が脱皮をしなければならない理由である。脱皮は避けようのない宿命なのである。
ケンシローのように北斗神拳を極めていない生物がこれをやれば、鎧がなくなった瞬間に、完全に無防備になり、すぐに他の生き物の餌食になってしまう。だから、次の鎧をすぐに纏える様に、古いクチクラの下に、新しいクチクラを用意する。しかし、新しい鎧は、当然、前のものよりも一回り大きいので、脱皮の時まで折りたたんで(皺を作って)おいて、脱皮後に「展開」+「硬化」という2つのプロセスが必須となる。
この面倒くさくてコストがかかり、さらに危険の多い「脱皮」をひたすら続けなければならないのは、外骨格であるが故の、逃れようもない宿命である。しかし、その脱皮システム自体が「形」を作るための工作原理となっているのである。あとは、皺の方向性を決めることさえできれば、任意の3D形態を作れるのだ。昆虫が、地球の歴史において、もっとも繁栄した動物であるのも、むべなるかな、である。いや~、まいった。このメカニズムを作った人は神ってるな。って、神様だから、当たり前か・・・
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