ジャパネットたかた社長が大好き
10年くらい前に、通販番組にはまったことがある。ハマったといっても、通販グッズを買いまくったわけではない。商品を紹介するプレゼンターが披露する数々の技や話しぶりが面白くて、ついつい、見てしまうようになったのだ。通販番組の見どころは、一癖も二癖もありそうなプレゼンターの口上と実演だが、筆者のお気に入りは、なんといってもジャパネットの高田社長である。彼のプレゼンは、「良いものを売りたい」という気持ちがひしひしと伝わってきて、見ているだけで、なんだかとても心地よい。ネットで評判を見たら、通販そのものでなく、彼のファンがたくさんいるらしい。当然だろう。
残念ながら、たかた社長は一昨年、メインプレゼンターを引退してしまったが、彼の素晴らしいトークは、是非歴史遺産(?)として残しておきたいと、真剣に考えている。なぜなら、彼が駆使する様々なプレゼンの技法は、通販だけでなく、あらゆる目的のプレゼンテーション、例えば、学会での発表においても、ものすごく参考になるからだ。
通販番組と学会発表は、実は似ている
なぜ、通販番組が学会発表の参考になるのか。理由は、この両者においては、話し手と聞き手の関係が、とても似ているからである。もっと具体的に言うと、通販番組も学会発表も、聞き手の心をとらえるためには、乗り越えねばならない共通の困難があるのだ。
視聴者・聴衆の興味を引くことの難しさ
通販の番組ではどんなものが売られているのか、思いだしてみよう。高価な包丁セット、低反発のマットレス、高枝切りはさみ、掃除用高温水蒸気発生器、などなど。そのとおり。どれも、必需品とは言い難いものばかり。そもそも本当に必需品であれば、スーパーか電気量販店で普通に売っているはずなので、わざわざ通販で買うことはないのだ。だから、通販番組とは「必要のない物を、TVを見ただけの人に売る」という、とんでもないムリゲーなのである。本来なら、視聴者が興味を持つはずが無い。しかし、そんな状況にもかかわらず、バンバン売れるのだ。ハードルは極めて高いが、プレゼンターの能力は、その上を行くのである。
一方学会の場合は、わざわざ遠くからプレゼンを聞くために参加しているのだから、特に興味引くための技術はいらないよね、とお考えの方も多いだろう。比較的少人数で専門家が集まる集会の場合は、確かにそのとおり。しかし、大きな学会の場合、聴衆のほとんどは自分の分野以外の人であり、あなたの発表など、聞いても聞かなくても自分の研究には何の影響もない。そんな人は対象外だ、と思いたいところだが、そうはいかない。なぜなら、研究分野の宣伝、あなた個人の就職や科研費獲得の可能性を上げるためには、「分野外の大勢の人に聞いてもらい、興味を持ってもらうこと」が、極めて重要だからだ。しかし、大きな学会3,4日続き、ものすごくたくさんの講演がある。自分の研究と関係のない発表を、集中して聞き続けるのが困難なことは、皆さん経験済みであろう。
他のメディアとの競合
さらなる逆境はチャンネルコントローラーである。視聴者はTVを見ている。当然、彼らの手にはチャンネルのコントローラーがあり、ちょっとでもつまらない、自分に関係ないと思われたら、容赦なく、他の通販番組どころか、お昼のワイドショーか、(関西であれば)吉本新喜劇に変えられてしまうのだ。プレゼンターは、それらとの戦いにも勝たなければ商品を売ることはできないのである。
学会発表の場合にも、最近は同様の危険がある。スマホとパソコンである。ネットの環境が使える会場では、かなりの人が下を向いている、視線の先には、当然スマホかパソコンがあり、今夜の飲み会のセッティングや待ち合わせのメールが飛び交っている。中にはせっせと仕事をしている人までいる。マナー違反であると文句を言うこともできるが、そんなことをしても無駄である。聞く気になれない発表するほうが悪いのだ。
高田社長のプレゼンの極意
このような逆境の中、ジャパネットたかたは、高田社長の口上一本ですばらしい売利上げを記録し、一流の企業となった。どんな、技が隠されているか、知りたいと思うのが人情です。そう思う人はもちろんたくさんいて、高田社長や他の通販番組プレゼンターの話術が、いろいろなメディアで解説されている。それらの記事の多くは、今一つ堀り下げ方が足りず、不満足なのだが、紹介されている高田社長のお言葉は極めて参考になる。筆者は、これまでに語られた高田社長のインタビューを熟読し、その上で番組を見まくった結果、自分なりに、「高田社長のプレゼンの極意」がつかめた気がする。基本は、徹底的に視聴者目線に立つこと。その上で、視聴者に「共感」「信頼」「感動」の3つを感じ取ってもらうことだ。以下、その極意の解説と、学会発表への応用法を具体的に紹介したい。
極意その1、対話により共感を成立させる。
共感とは、TVの中と外という存在場所の違いを超えて、直接聞き手と会話が成立しているように感じてもらうことである。視聴者は、TVに対しては簡単にそっぽを向けるが、自分に語りかけてくる人を無視することは難しい。TVでは会話ができないじゃないかと思われるだろうが、そこはプロのプレゼンターである。疑似的に会話を成立させる仕組みしっかり作り上げている。それは何かというと、プレゼンターの隣に「無駄に」佇んでいる(ように見える)売れなくなった芸能人である。
プレゼンターが商品の紹介をする。反射的に、視聴者の脳は警戒心を発動させ、「それ必要ないんじゃないかなあ」「うそっぽなあ」「値段が高すぎるなあ」などの言葉が浮かんでくる。だが、まさにそのタイミングで、同じことを、芸能人がコメントするのである。もちろん、プレゼンターは待ってましたとばかりに、用意された答えを返す。で、芸能人納得。視聴者も納得。基本はこの繰り返しだ。視聴者の頭の中に浮かんだ疑問を、芸能人が言ってくれるので、疑似的会話が成立してしまう、という恐ろしい戦略である。これが繰り返されると、視聴者は次第に、自分を芸能人に重ねてしまい、さらには、疑問を持つこと自体を芸能人に委ねてしまうことになる。後は、その芸能人が「購入すること」に納得してしまえば、商談成立となるわけだ。誠に素晴らしい戦略である。
高田社長クラスのスーパープレゼンターになると、もはや、芸能人を必要としない。常に視聴者に呼びかけながら、商品の疑問に関しても、「@@@@とご心配でしょう。でも大丈夫。お任せください。」とセルフ突っ込みで、主張者との疑似会話を成立させてしまうのである。おそるべし。
この技術は、学会発表テーションや科研費の申請などでも、十分に利用できる。特に、研究の目的、意義を語るイントロのところではぜひ使いたい。例えば、筆者の場合、プレゼンの冒頭で、魚の縞模様の研究であることを宣言する。そうすると、かなりの人の頭には「なんだよ、魚の模様かよ。そんなのどうでも良いだろう。」という考えが浮かぶ。(最近はそうでもないが、10年前はあからさまにそうだった。)そこで、すかさずセルフで「重要じゃないと思うでしょう」と突っ込み、続けて魚の模様が面白い理由、「プレパターン無しのパターン形成であること」「様々な模様が、同一の原理でできること」をきちんと説明するのである。
要は、学会の聴衆や査読者が疑問を感じそうなところで、セルフで突っ込み、それに解答をすればよいのである。これを会場の前の方の人の顔を見ながら行うと、あなたが「納得の回答」をしたところで、何人かが、うんうん、とうなずくのが見えるはず。これで共感が成立する。あとは、その人を見ながら講演を続ければ、テンポが生まれて、実に話しやすくなる。当然、聞く方も聞きやすくなるのである。(この技は、使いすぎるとうざくなるので注意が必要です。)
デティールの積み重ねで信頼を得る
さて、これで聞き手との間に共感が成立したが、それだけで商品が売れるほど、世の中、甘くはない。口コミの宣伝も、信頼できる相手から出なければ意味がない。どうしたら、信頼を勝ち得ることができるのか。高田社長は言う。「誠実さです。」
誠実さをアピールするのは、結構難しい。「私は誠実です!」と大声で叫んでいる人が誠実なわけがない。(そういえば、ちょっと昔に「誠意大将軍」と自ら名乗っていた色黒の芸能人がいたっけな。)誠実さを伝えるのは、大げさなアピールやテクではなく、地味なデティールの積み重ねである。例えば、外見も大事な要素の一つ。あまりに金持ちそうだったり、やたらイケメンはそれだけで胡散臭い。ジャパネットは一部上場企業であり、その創業者の高田社長は間違いなく億万長者である。しかし、着ているスーツは、青山でイチキュッパで買えそうだし、ネクタイも安物っぽい。体形も貧相だ(失礼)。これらは全て、もうけを捨てて、皆さんのために出血値引きをしていることを、地味に伝えているのである。誠実さは、商品の特徴を正確に、わかりやすく伝えることでも、徐々に伝わる。特に、商品に関して懸念される点ももれなく伝えることで、イメージはアップする。アフターケアや、不良品の交換情報がちゃんとしていることも重要だ。それらがきっちりしていることで、聞き手は徐々に安心し、信頼を置くようになる。
学会発表の場合も、基本は同じである。やたらすごそうな、こけおどしのイントロや、プロに作らせたアートなイラストは、特に聴衆の心にアピールしない。イケメンであることも、プラスにはならない。(というか、なぜイケメンがサイエンスなんかやっているのだ?)プレゼンで伝えるのは研究成果であるので、個々のスライドをわかりやすく、正確に伝えるのが一番良い。そのなかでも、特に気を付けるべきは、コントロールである。
正確なコントロールがしっかりと、見やすいところに提示されていると、この研究者は信用できると感じるので、安心して発表を聞くことができる。逆に、ちゃんとしたコントロールを示していなかったり、あるいは、有っても、適切な位置にない発表は、聞く気を失う。例えば、ゲルバンドのデータでは、比較するべきバンドは近くにあってほしい。離れているのは、見にくいので大きなマイナス点だ。もう一回流し直してください。ゲルの切り貼りなんて、もってのほか。切り貼りのあるゲルバンドを見たら、半分の聴衆の脳はプレゼンをフォローするのをやめる。統計データも、ちゃんと計算ソフトで出した標準誤差(あるいは標準偏差)がついていなければならない。手で後書きとか、しかも、いい加減な数値の・・、なんて、とんでもない。(なんか、最近、ねつ造関係の報道で、そんなのがあったが、、、)とにかく、しっかりしたデータを、手を抜かずに伝える。それで誠実さは伝わるので、ご安心ください。
極意その3:感動を伝える
さて、3つ目の極意は感動である。共感して信頼しても、感動が無ければ、人は財布のひもをほどかないのだ。感動を伝えるにはどうするか。高田社長のインタビューでは、ビデオを売った時の例が紹介されている。通販番組でビデオを買う人は、複雑な電気製品に明るくない人が多い。だから、製品のスペックを数値で示したところで、意味がない。高田社長はそのビデオにスローモーションで再生できる機能があることを見つけて、お年寄りに対して、お孫さんの運動会での徒競走の場面を拡大で、つぶさに見れることを実演したのである。
運動会は楽しいが、一人一人の活躍の場面は、ほんの数秒しかないし、観客席からは小さくしか見えない。せっかく、応援に行ったのに、、、と悔やむおじいさん、おばあさんが多いと考えたのだ。孫の走る姿を、スローで、しかもアップで再生すると、はっきりと、長い時間みられる上にアップなので、陸上選手がTVに映ったように見える。こんな姿の孫を見たい、と多くのお年寄りが感じたようだ。放送の直後、注文の電話が恐ろしいほど入ったとのことです。要するに、商品そのものではなく、その商品がもたらすであろう「感動」を提示することで、購入に結びつけるのである。
研究発表の場合、聞き手はあくまでも聞き手であり、その実験を一緒にするわけではない。だから、その研究結果になかなか感動はしてくれない。だが、同じ研究者である。ちょっと工夫すれば、演者自身が、その研究で味わった感動を追体験してもらうことは可能である。
普通の発表の流れでは
1:何をどう実験したかを説明
2:結果の提示
3:実験事実から何が推論できるかを説明
という順序になる。
しかしこの方法だと、一つうまくいかない点があるのだ。推論のところで、ついてこれない人がいる可能性がある。分野違いの人を対象にした発表の場合、聞き手に100%の理解は望めない。この推論の部分が理解できないと、結論を示しても、???となってしまう。理解のレベルは人によって70%、40%、といろいろあるだろうが、理解が十分でなければ、感動は呼ばない。それまでの話がパーになってしまうのである。
そこで、流れを以下のように少し変える。
1:「あなたが」推定した仮説を伝える
2:必要な実験のセッティングと、仮説が正しい場合の予測を説明
3:最後に、「どうなったかといいますと」とか言って、結果を見せる。
順序が変わっただけだが、聞き手の印象はかなり違う。あらかじめ、結果の予測を提示しているので、推論の部分の理解が不十分な聞き手にも、「この演者は、予想を立てて、それを証明した」ということは伝わり、ちゃんと感動してもらえるのである。それに、この順序は、実際に演者の研究の時系列と同じであるため、そのデータが出た時の演者の感動が、伝わりやすいのだ。こんなデータが出てほしい、と願って、みごとにそれが出た時の感動は、だれしも味わったことのあるものだ。だから、演者にとっても、この順序の方が話しやすいことも重要である。
怒涛のがぶり寄り
さあ、ここまで来ればゴールは近い。後は、怒涛のがぶり寄りでだめ押しをすればよい。通販番組のダメ押しの方法は完全に様式化されている。まず、売れない芸能人が心配そうに、でも、これだけの物だったら、おたかいんでしょう、、、と心配そうに切り出す。そこで、超特価価格がど~ん。さらに、本体よりも高価そうな付属品を無料でお付けしてどど~~ん。その上で、30分以内に電話の場合にのみさらなる超超特価がどどど~~~である。もう参りました、買わせていただけます、というしかないだろう。
学会発表の場合、とどめは質問の受け答えである。それぞれの質問に対し、ピンポイントで的確な回答をすると、演者の印象は非常に高くなる。あらかじめ、措定質問に対して適切に答えられるスライドを作っておくこともお勧めである。というか、それくらいはやっておくべきだ。サクラ質問要員を手配する、という手もあるが、ばれやすいので辞めた方がよいだろう。質問の受け答えは、講演の本体よりも、重要な場合がある。なぜなら、講演で語られる研究成果は、所属する研究室のものなので、どの程度が、演者の能力なのか測れないからだ。びしびしと的確な回答を繰り返し、さらに将来の研究構想まで語ってしまえば、うん、これは間違いなくこの人の研究だと思ってくれるだろう。これで、ミッションコンプリートである。お疲れ様でした。後は講演依頼のメールが来るのを待つだけである。
おわりに
以上、ジャパネット高田社長に学ぶ研究発表の極意について解説してきた。ここで、読者の頭の中の疑問にお答えしましょう。はい、私は、あらゆるプレゼンで、この極意を使いまくっています。と申しますか、このコラムの文章のすべては、上記の技、特に共感を呼ぶための疑似対話の実用例です。過去のコラムの文章をお読みになったことのある方は、筆者の文章には「である調」と「ですます調」が混在しているのに気が付いたはず。それは、説明文の本体と、語りかけを分けるために意識的にやっているのです。
研究発表は、地味な研究を続ける研究者にとっての、貴重なハレの瞬間である。あなたの研究ができるだけ多くの人の心に感動を与えることを祈って、本稿を終えることにしよう。それでは、また、、、おっと、最後の魔法の呪文を忘れるところだった。やっぱり通販番組の最後はこの一言がなくっちゃね。金利手数料はジャパネットたかたが負担いたします(アカデミックだと、、「講演料も交通費もいりませんので、セミナーさせてください」かな?)
Comentários