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執筆者の写真Shigeru Kondo

フィボナッチらせんの謎<解決編>

更新日:2019年4月12日




恐怖?のロシアンヒマワリ登場

ロシアヒマワリ、というのをご存じだろうか?百聞は一見に如かずと言うから、まず下の写真を見ていただこう。どうでしょう?そうです。とんでもなくでかいんです。

Russian sun flower
ロシアンヒマワリの花

子供はおろか、大人の顔よりはるかにおおきい。大きさを競う大会まであるようで、優勝クラスは、花の直径が80cmくらいになるとか。当然、花だけでなく植物全体が巨大になり、高さも6mくらいまで育つらしい。さすがはプーチンの国の植物だけのことはある。(関係ないか・・・・)このロシアンヒマワリ、種屋さんから購入可能らしいので、広いお庭を持っている皆さん、是非、挑戦してみて下さい。

  

さて、このロシアンヒマワリの何が恐怖なのか、というと、実は、この巨大植物のおかげで、困った事態が発生したのである。解決済み、と思っていた生物学の問題が、振りだしに戻ってしまったようなのである。

 

植物にかかったフィボナッチの呪い

問題というのは、このヒマワリの花の種がつくる螺旋の列である。キク科の植物の花の種を見ると、どれも、きれい螺旋を描いて並んでいるのだが、この、螺旋の列を数えてみると、不思議なことに、フィボナッチ数になっている。この不思議な事実は、驚くほど普遍的であり、キク科の小さい花であればまず間違いなく螺旋の列はフィボナッチになっている。キク科の花以外でも、松ぼっくりの種もそうだし、パイナップルの皮の模様もそうだ。


松ぼっくりの螺旋 8-13のフィボナッチ数

コーンフラワーの螺旋 21-34のフィボナッチ数

フィボナッチ数は、最初のうちは1,2,3,5,8と続く。これくらいの小さい数であれば、「偶然」、と思うことも可能だが、21、34となると、偶然とは考えづらい。どこかに、フィボナッチ数になる必然性があるはずなのだが、数列と種の螺旋の列のあいだのつながりが、さっぱり思いつかな。あまりにもわからないので、なんだか、超自然の摂理?が働いているんじゃないか、という気分にさえなってくるのだ。

 

このフィボナッチらせん列の問題は、古くから数学者や生物学者、さらには多くの一般人を虜にしてきた。 20世紀を代表する天才数学者アラン・チューリングの残したノートにも、フィボナッチらせん列の記述が残されており、彼が、非常に重要な問題(例えば、リーマン予測の証明とか)と同じように興味を持っていたことが解る。しかし、如何にチューリングが天才でも、この問題は数学だけでは解けない。解決するには、数学と生物学の共同作業が必要なのである。



チューリングの未発表ノートにあるヒマワリらせん列のスケッチ(Turingの足跡をまとめたサイトhttps://www.turing.org.uk/より)


生物学で解っていることの概略

ここ10数年、植物の分子生物学は驚くほどの速さで進歩し、植物の形態ができる原理がおおよそ明らかになっている。そのため、この不思議な現象が起きる仕組みについて、想像ではなく、実験データをベースにして考えることが可能になってきている。

 

植物の葉や花や種のもとになる細胞の塊を「原基」と呼ぶ。ほとんどの植物では、原基は、茎の先端にある成長末端の周囲に、螺旋を描いて回転しながら出現する。なぜそうなるかは、下の図を見ていただきたい。




植物では、成長末端の中心部だけで細胞分裂が起きる。左の図では、ドーム状の構造の頂点部位。右の、上から見た模式図では、黒い点を含む一番内側の円の領域である。この中心部では、分裂だけが起き、原基への分化は起きない。原基への分化が起きるのは、その外側にあるリング状の領域である。

 

中心部で連続的に分裂が起きるので、周囲にある古い細胞は、押し出されてだんだんと外側に移動していくことになる。もちろん、分化領域でできた新しい原基も、外側に移動していく。

 

では、新しい原基ができる位置とタイミングはどうやってコントロールされているのだろうか?

 

新しい原基ができるためには、植物ホルモンであるオーキシンが、一定以上の濃度で存在することが必要である。オーキシンは、全ての細胞が生産しているので、本来、どこにでもある。しかし、原基の細胞は、周囲からオーキシンを吸い上げるという性質を持っている。(上左の図の矢印でオーキシンの移動が表現されている) だから、原基の近傍では、オーキシンの濃度が下がってしまい、新たな原基が作られることは無い。つまり、新しくできた原基は、その近傍で他の細胞が原基に分化するのを阻害するのである。


左の図では、2つの古い原基の阻害効果の及ぶ領域が、新しい原基が出現できるリング状の領域を完全に覆ってしまっている。この状態では、新しい原基はできない。しかし、少し時間が経った右の図では、古い原基が、外側に移動しているため、リング状の領域の一部で、阻害効果が働かなくなっている。その位置で、新しい原基が出現するのである。

 

この仕組みであれば、新しい原基が出現する位置は、①古い原基の位置。②阻害効果の及ぶ距離、の2つの因子に依存することになる。言い換えれば、この関係をベースにして、生物学的なデータに基づいた数理モデルが作れるようになったのだ。

 

フィボナッチらせん列を作るための数学的な条件

では、どんな条件を満たす数理モデルを作ればよいだろうか?実は、フィボナッチらせん列を作図する方法は、ものすごく単純なのである。新しい葉の原基が、一つ前の原基に対して、黄金角(137.509・・・度)だけ回転した場所に出現すればよい。言葉で説明するのは難しいので下図に示す。


フィボナッチらせんの簡単な作り方

この方法では、実際の生長末端の様子に合わせて、新しい原基が、一番内側にできて、古い原基が外側に押し出されるようにしているが、


原基の角度と位置を決める式


このように(上図右)、原基のナンバリングを逆にして、新しい原基を外側に並べるようにしても、できる図形は同じである。その場合、全ての原基の位置は簡単なNの関数で決まるので、より、理解しやすい。

 

N番目の原基の位置を極座標で表現すると、

  角度=(N-1)x 黄金角

  中心からの距離=√N

  ただし、黄金角は137.509、、、度

 

N番目の原基の中心からの距離をNの平方根にしているのは、そのように決めると、均一な密度で原基が分布するからである。この式に従って、大きなNに対して作図すると、


単純な数式でできるフィボナッチらせん列

このようになる。原基はきれいに並び、螺旋の列も、ちゃんとフィボナッチ数になるのである。

 

何故、黄金角にそんな性質があるのか?という疑問が湧くだろうが、それについての詳しい説明は、ちょっと長くなるので、以前に書いたコラムを参照していただければありがたい。一応、黄金角とフィボナッチ数列の関係を説明しておくと、下の図のようになる。



フィボナッチ数列は、Nが十分大きい場合、公比が黄金比の等比数列であり、黄金角は円周を黄金比で分割したものである。つまり、フィボナッチと黄金角の2つは、ほとんど同じものなのだ。

 

フィボナッチらせん列のシミュレーション

上で示した生物学的な知見と数学的な条件を組み合わせると、以下の様な数理モデルができる。

生物学実験からわかった仕組みと数学的な条件の組み合わせ

新しい原基(N+1)の出現位置は、中心からの距離が固定されている(リング状の領域)ため角度だけで表現できる。一番わかりやすいのは一つ前(N)の原基との角度なので、それを回転角度と呼ぼう。回転角度を決める要因(パラメータと呼ぶ)は、オーキシン(植物ホルモン)の産生量、減衰速度、拡散速度と、原基が分化するために必要とされるオーキシンの濃度である。これらの値は、遺伝子で、ある程度自由に決めることができる。だから、数理モデルでは、自由な値を選べると考えてよい。

 

以上から、数理モデルを使ってやるべきことは、回転角度が黄金角に収束するパラメータ値を解析的に見つけるか、シミュレーションでそれが可能であることを示すか、である。どちらも可能であるが、細胞分裂の生理学的な条件まで組み込んだ、かなり精密なシミュレーションがあるので、それをご覧になっていただこう。(論文はProc Natl Acad Sci USA. 2006;103(5):1301–1306.)動画はココ



回転角度は最初は不安定ですが、だんだんと、黄金角に収束していきます。


このシミュレーションでは、細胞の分裂、変形、周辺部への移動も、生理学的、力学的条件を取り込んでシミュレーションしている。細かい条件の説明は省くが、上のシミュレーション結果の連続写真に示すように、回転角度が黄金角に収束することが解る。

 

というわけで、原基が出現する回転角度を黄金角にする原理は、関係する遺伝子の活性を適当に制御すれば作れるはずなのだ。で、黄金角になればフィボナッチらせん列はできるのだから、これで数学的には「証明終わり」となる。

 

ただ、筆者のような生物学者からすると、そんなにぴったりと「黄金角」を決めることができる、ということ自体が、なんだか胡散臭い。細胞が行う生命現象だから、そうそう正確な値を決めることは難しいだろう。しかし、上記の原理だと、らせん列の数を決める正確さは、角度決めの正確さに依存することになる。

 

らせん列の数が8とか13とかなら、角度が多少ずれても大丈夫だ。360/8=45なので、1度や2度狂っても問題ない。だが、34,55とかの、大きいフィボナッチ数になるヒマワリなら、間違いが高頻度で起きるはずである。そう予想して、実際のヒマワリの花を数えてみた。その結果、やはり、3分の1くらいのヒマワリの花では、螺旋に乱れが起きて、フィボナッチ数から外れていることが解った。予想通りである。うん、これなら納得!

 

以上が、前回のコラムの要約である。

一言でまとめると、

「植物が一定の角度(=黄金角)で原基を作っていけば、必然的にフィボナッチらせん列ができる。大きい花の場合の誤差も予測の範囲なので、まあ、この説明は正しいだろう」

となる。

 

さて、前置きがずいぶん長くなったが、ここからが、今回のコラムの本題である。

 

ロシアンヒマワリの場合、回転角度を非常に正確にしないと、フィボナッチ数が出てこない

だがしかし、ここでプーチンの刺客「巨大ロシアンヒマワリ」が立ちはだかる。ネットで手に入る写真を使って螺旋の数を一応数えてみたら、予想外に正確なのである。


ロシアンヒマワリのフィボナッチらせん

らせん列の数は何と89、144。3,4個のロシアンヒマワリの螺旋を数えてみたが、少なくとも89は全ての花で確認できた。この大きさにも関わらず、ちゃんとフィボナッチ数を保っている。上記の数理モデルによれば、花が大きければ大きいほど、誤差は大きくなり、フィボナッチ数から外れるはずなのに、、、、、


で、改めて、どの程度の角度の正確さが必要かを、調べてみた。


螺旋の数は、回転角度に極めて鋭敏に変化する

上図はN=391の場合である。回転角度が137.509(ほぼ黄金角)の時には、きれいな螺旋ができて、その数もフィボナッチ数になっている。しかし、角度をわずかに大きくするだけで、この配列は簡単に崩れてしまう。わずか0.05度変えるだけで、原基が重なってしまい片側の螺旋が辿れなくなってしまうのである。137.784度(黄金角よりも、わずか0.27度大きい)になると再び右向き、左向きの両方の螺旋が辿れるようになるが、その時のらせん列の数は、もはやフィボナッチ数ではない。

 

通常のヒマワリの34,55でも、これほど回転角度に鋭敏なのである。シミュレーションで試したところ、89,144だと0.02度の誤差さえも許されない。これはどう考えてもおかしい。たかだか細胞が起こす反応で、そんな正確な値が決められるわけがないのだ。

 

ということで、今までの「できた!」と思っていた証明では、<ありえないほどの正確さで黄金角を決める原理が必要である>ことを無視していたことが解ってしまったのだ。生物学の常識では、どう考えても不可能である。だとすれば、上記の説明は、根拠を失ってしまうことになる。


これが冒頭に述べたロシアンヒマワリの恐怖?である。問題は振り出しに戻ってしまったのだ。

  

詰め込み問題として解明できないか?

黄金角に頼れないとすれば、ほかの方法を探さねばならない。実は、上記の方法とは別の考えも古くから検討されてきた。そのやり方では、フィボナッチらせん列を一種の詰め込み問題として考える。

 

ヒマワリの種は、ほぼ同じ大きさであり、それが互いに接触して詰め込まれている状態、と言ってよいだろう。

任意の2次元領域に、同じ大きさの円を詰め込むと、領域の外形に依存して円が並び 列を作る。これを斜列線という。(下図)


斜列線のでき方

上図から、斜列線が複数の方向にできることが解ると思う。ヒマワリのフィボナッチらせん列も、斜列線の一種と考えることができる。

 

実は、円筒の側面にできた斜列線とフィボナッチ数との間には、よく似た性質があることが知られている。下の図を見ていただきたい。


斜列線とフィボナッチ数列との関係

円筒の表面に同じ径の円(=原基)を詰め込み、それを一か所で切って広げたのが上の図である。(左右の境界の黒い縦線は、円筒上の同じ線であることに注意)

 

一番左の図では、ほぼ最密充填(一番隙間なく詰め込んだ場合)になっている。円の列が2種類(LとR)あるが、その数を数えてみると、3と5である。(L1とL4、R1とR6は同じ線なので、列の数はL=3,R=5となる)

 

これを、左右に少しづつ広げていくとどうなるか。周囲の原基との関係をできるだけ保ったまま広げていくと、一度、最密充填でなくなり(真ん中の図)から、再び最密充填(右の図)に移行する。この過程で、LとRの角度が、水平に近くなっていき、右の図の状況では、新しい列Sが出現している。このとき、新しい斜列線Sの数は、L+Rになるのである。(右図を見ながら、少し考えていただけると、これが必然であることがわかります。)

 

さらに、同じ操作を繰り返すこともできる。今度は、SとRに対して同じ操作をすれば、新しい線列Tが現れ、その数は、S+Rになる。つまり、新しい斜線列の数は、常に、古い2つの斜線列の和になる。これは、フィボナッチ数列の定義と同じである。


だとすれば、あとは、斜列線の初期値が1,2とか、2,3とか3,5とかの組み合わせになればで、斜列線の数は、必然的にフィボナッチ数になる。

面白いでしょう(^^)/

 

ただ、これはあくまで直円筒の側面での現象であり、このやり方を、そのままヒマワリの説明に使うことはできない。ヒマワリの原基形成に応用するには、2つ問題がある。まず、形が違う(円形 vs 長方形)。長方形での結果が、そのまま円形の場に適用できるかどうかが定かでない。さらに、領域の幅を広げる過程で起きる原基の位置関係の変化が、本当にうまくいくかどうかが解らない事だ。(特にこの2つ目が難題なのだが、これについては、あとで詳しく説明します。)

 

ところが最近、これらの問題を、巧みに回避した論文が発表された。以下、その論文で行った操作について、簡単に解説する。



円から扇形への変換法

まず、形の違いの問題を解決する。

(A)ヒマワリは円形であるが、これを360度の扇型と考える。扇型の中には、びっしりと原基が並んでいると考えてもらいたい。次に、種の位置関係を維持しながら、扇型の角度を(B)から(C)へと小さくしていく。これで、少し長方形に近くなった。

 

最後にこれを長方形に転換するために、原基の大きさをN(原基の順番)に依存して変化させる。




上左の図を見れば、原基の順番(N)と扇型の弧の関係が解ると思う。m番目の原基が存在する位置での「弧」の長さは√mと比例する。だから、m番目の円の大きさに1/√mを掛けてしまえば、上(扇型の周辺部)は幅が狭く、下(扇型の中心部)では幅が広くなり、結果として扇型が長方形へと変換されてしまうのである。

 

この変換を使うと、円形の花で起きる詰め込みを、わかりやすい長方形の場で調べることができる。さらに、この方法は2つ目の問題も同時に解決してしまうのである。原基を徐々に小さくすることで、領域の幅を広げずに、詰め込む原基の数増やすことができるのだ。だから、領域が広がることによって起きる原基の位置関係のずれを気にすることなく、単に、徐々に小さくなる原基を詰め込んでいけば良いのである。素晴らしい!

(このアイデアを学会で聞いた時は、なるほど~~~、と感心しました。)

 

この変換を行った後に、著者たちは下のようなルールで原基を詰め込むシミュレーションを行った。


詰め込みシミュレーションの結果

この結果を素直に見ると、特に黄金角などは必要とせず、少しづつ小さくなる原基を詰め込んでいくだけで、ちゃんと斜列線の数がフィボナッチ数になっているのが解る。すごい!これで問題解決だ。

 

でも、このアイデアにも突っ込む余地がある

確かに、上で紹介した論文のアイデアは素晴らしくて、筆者も、それを聞いた直後は、これですべての問題が解決した、と感じ、数学セミナー誌に解説記事まで書いてしまったのであるが、よくよく吟味してみると、ロシアンヒマワリを説明するには十分でない部分が見えてきた。(え~またかよ~、とお感じの方。申し訳ない。次で解決します。)

 

下の図を見ていただきたい。

詰め込み法の問題点

行ったシミュレーションは、幅が小さいため、らせん列の数も小さく、5,8なのだ。これくらいの数なら、これまでの説明でも十分である。もっと広い領域でやれば良いのに、、、と思うが、良く考えてみると、おそらくそれは無理なのである。なぜかというと、領域の幅が広くなると、一番低い位置を探すことが困難になるからだ。

 

上記のシミュレーションでは、新しい原基は、詰め込み可能な一番低い位置に置かれることが必要である。上のAを見ていただきたい。新しい原基①は、詰め込み可能な一番低い位置に置かれている。しかし、物理的には、Bの様に、その左の少し高い位置に詰め込まれることも、可能である。①の位置の違いにより、後続の原基②、③の位置は大きく変わる。ちょっとの違いで、斜列線全体が変化してしまうのである。

 

領域が小さければ、一番低い点を探すのは容易かもしれない。しかし、領域が広くなる、新しい原基を置く可能性のある場所が何10か所もあれば、ば(ロシアンヒマワリを思い出してほしい)どこが一番低い位置かを見つ正しい場所を探すのが、非常に難しくなる。だから、このやり方では、やはりロシアンヒマワリは攻略できないのである。

 

それに、初心に戻って考えると「外側に詰め込んでいく」ということ自体が、そもそもの植物の性質とは相いれないことに気づかざるを得ない。新しい原基は、やはり中心で出現して、外側に移動していくのが、生物学者としてはしっくりくる。

  

最後の挑戦

というわけで、ここからが筆者自身の考察である。やることはそう難しくなく、上記の論文で省略した、領域の幅を広げる時におきる並び方の変化を、真面目にシミュレーションで計算してみよう、ということである。

(もうすぐスッキリできるので、頑張って読み進めていただければ幸いです。)

 

まず、内側に新しい円(原基)が挿入されたとき、既にある原基が、どのように動くかを見てみよう。


初期の原基の集団は、変形しながら外側に移動する

上図は、N=250, 300, 500の時の、数式通りに作図したフィボナッチらせんである。詰め込み方式で作っていないために、よく見ると、円と円との間にはかなりの隙間がある。AはN=250の場合だが、これが成長していくと、新しい円は中央部分に挿入されるはずである。その過程で、黄色で表示された扇型の部分の領域の円に注目してほしい。50個増えて、N=300になるときには、Bの状態になる。挿入された50個は、中央付近の場所を占めるため、黄色の領域は変形しつつドーナツの4分の1の形になる。さらにN=500の時には、細い4分の1リングに変形する。この大きな変形を、原基の間の位置関係を大きく乱すことなく、作れるかどうかが問題なのである。


これが難しい理由は、詰め込み方によって、安定性が異なり、フィボナッチ螺旋パターンは、必ずしも安定ではないからである。下の左の写真を見ていただきたい。四角い枠に、ビー玉を縦横四角になるように並べたものだ。



揺らす前の並べ方は、隙間が大きく、安定ではない。そのため、ちょっと揺らすだけで、並び方が変わり、安定な最密充填の詰め込みに変化してしまう(右の写真の黄色で囲った部分。)

 

ここで、もう一度、長方形の場での斜列線の遷移を見てみよう。上の説明では、遷移は1>2>3とおきる、としていたが、本当は1>2>2’ということもありうる。というか、それぞれの原基が自由に動いたら、そちらの方が可能性が高いかもしれない。



さらに、フィボナッチらせんができる時の原基の並びをよくよく見れば、


黄金角で作図したフィボナッチらせん

どこもかしこも、微妙に最密充填ではない中途半端な詰め込み方になっている。こんな並び方が、果たして安定だろうか?

 

悩んでいるだけでは先に進まないので、とりあえず、シミュレーションでやってみることにした。原基の動きを決めるアルゴリズムは、下図のように、できるだけ単純で、恣意的でないように選んだ。

原基の移動のルール

原基の動きは2種類に分けている。

 

まず、外縁にある原基(それ以上外側に原基がないもの)の場合。ヒマワリの花は徐々に大きくなるので、成長に伴い、外側に移動していくはずである。その方向なら、ほかの原基とぶつかる可能性はない。したがって、内側の原基よりも遅い速度で放射状に中心から遠ざかるように設定した。これは、まあ問題ないだろう。

 

次に、内側の原基であるが、詰め込みが起きるためには、外縁の原基よりも早く移動する必要がある。そのため、外縁原基の10倍の速度で、これも、放射方向に外側に移動させるようにした。しかし、ほとんどの場合は、すぐに別の原基に衝突するのでそこで止まることになる。衝突した後は、図のように、直角に方向を変えて移動し、別の原基と2度目にぶつかったところで止まる。

 

これだけである。これを、ちょっとづつ、ひたすら繰り返すとどうなるか、、、、

 

下図は、N=500の場合である。最初は、小さめのフィボナッチらせんを、作図法に従って作っておき、その後、上の移動ルールに従って外側への詰め込みを行う。

初期条件では、ある程度、原基の間に隙間があったのが、移動に伴い、徐々にコンパクトに詰め込まれていくのが解る。さらに、一番外側の原基もゆっくり、外側に動いていくので、詰め込まれ方を徐々に変えつつもフィボナッチらせんを維持したまま、リングが大きくなっていく。リングが細く、大きくなっても、意外に、破綻は起きない。一部の領域で、六方最密充填になりかけたりするが、外縁部の原基の間隔が広がり続けるので、最密充填は安定ではないようだ。つまり、このフィボナッチらせんのパターンは、どうやら、動的に安定らしい。そのため、34から89という大きなフィボナッチ数への遷移も無事に起きている。このような簡単なアルゴリズムで、大きなフィボナッチ数への遷移は、無事に起きるのである。う~ん、すごいぞフィボナッチ。

 

さらに、次のシミュレーションでは、もっと意外なことが起きた。今度は、空いた中心の領域のランダムな位置に、新しい原基を撒いてみたのである。繰りかえすが、ランダムな位置にである。黄金角もヘチマもない。それぞれの原基は、勝手に外側に移動し、任意の位置に詰め込まれていく。初期の詰め込まれ方は、もちろんがたがたであるが、徐々に、外側のフィボナッチらせんに組み込まれていき、


最終的には、きれいなフィボナッチらせんになってしまった。(青い原基が、あとから撒いたもの)

 

どうしてこんなことが起きるのだろうか。内側に撒かれた原基は、明らかに、なんの情報も持っていない。だから、詰め込みパターンは、外側の原基の集団の詰め込みパターンに強制されておきているはずである。ということは、既存のフィボナッチらせんの配列自体に、後続の原基を、フィボナッチらせんに並ばせる能力がある、ということになる。一度、フィボナッチ螺旋パターンができてしまえば、後は、黄金角など、さほど気にしなくても、ちゃんとしたフィボナッチ螺旋ができるのだ。


本当だろうか?

実はこれが本当である傍証もある。


 


上のロシアンヒマワリを見てほしい。外側の種はきれいなフィボナッチらせんを描いて詰め込まれているのに、内側の種の並びは、かなりぐだぐだである。もし、原基が正確に黄金角で出現するのであれば、出現から時間を経ていない内側の種の方が、より正確に並んでいるはずである。「外側の方が正確ならせんを描く」、ということは、詰め込みの作用で螺旋の並びが作られていることの証拠であるといえる。

 

以上で解説は終わりである。要約すると、

① 小さいフィボナッチ数のらせん列は、原基が黄金角に近い角度で出現することにより作られる。

② 詰め込みにより、らせん列パターンは動的に保存されるので、大きいフィボナッチ数のらせん列への遷移が可能になる。

③ 詰め込みにより、後続の原基も、らせん列パターンに組み込まれるのが強制されるため、回転角度(黄金角)に多少の乱れがあっても、フィボナッチ螺旋パターンは安定に維持される。

となる。


やれやれ、これで、自分としてはかなりすっきりして、ロシアンヒマワリも攻略できたように思うのだが、読者の皆さんはどうだろうか?まだ、シミュレーションプログラム自体にも、改善の余地がいろいろあると思うが、せっかくここまでやったので、正式な論文として発表する予定でいます。もし、「このあたりの推論が間違っている」とかのご意見があれば、大変助かりますので、お聞かせいただければ、幸甚です。(メール、あるいはこのコラムへのコメント欄をご利用ください。)







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1件のコメント


e4rotation
10月05日

こんにちは。


『波紋と螺旋とフィボナッチ』を以前拝読したとき、亀の甲の模様単位が六角錐に盛り上がる原理を書いた章で、「(単純で美しい答えが)もし見つかったら、必ず私に連絡するように!いいですね。絶対ですよ。」と書かれていました。それが頭に残っていたので、こちらにコメントさせていただきます。


私は、自然界の多くの現象が『球面の数式と超球面の数式』をもとに形作られるのではないかと考えています。植物が描く螺旋もその例です。たとえば、有名なロマネスコは円錐形をしていますが、本来は球面状のはずと考えます。それが実際は円錐形なのは、球面の数式と比較して、螺旋の間隔が中央部で狭くなっているからと考えます。私のサイトの画像だけでも見ていただければ、言わんとすることをご理解いただけると思います。


●植物が描くらせんを階層球列モデルで描く

http://e4rotation.firebird.jp/14-1.html


それで、次のことを教えていただきたいのです。

落葉低木のコクサギは、『コクサギ型葉序』という特殊な葉の付き方で知られています。ところが、冬芽の電子顕微鏡写真は、『球面の数式』で描いた図形と形がそっくりです。上記のサイトの最後の方で比較しています。冬芽の発生初期に、『球面の数式』で描いた図形にしたがって組織が形作られたとは考えられないでしょうか。

素人の発想で恐縮ですが、ご教示いただけたら幸いです。


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