前編のあらすじ 生命科学者たる者,毎日淡々と実験にいそしんでいるように見えても,その魂の底には冒険野郎が住んでおり,いつかは隠れた財宝ならぬ生物学史上に残るような発見をしたい,と夢見るのが性というものである.だから,もし宝の地図<数理モデル>が手に入ってしまったら旅に出るしかない.しかし,未知への旅は誰しも不安なもの.「そんなこと本当にできるのか?」「危険な賭けなんじゃないの?」とのご心配,ごもっともです.そんな皆さんのために,Turing理論という地図を手に宝探しの旅に出た筆者の実体験を例に,数理モデルの有効な利用法を解説しています.前編では,実験生物学者のほとんどがTuring理論を信じていないことを知り,一度あきらめかけるも,Turing理論の語り部と出会い再び冒険心を取り戻すまでをお話ししました.それでは,後編の始まりです.
決心はした.だが勝算は? 宝は実在する.それは確信した.しかし,資金も船もパワーショベルもない個人が,自力で掘りだせるようなものなのだろうか? 考えてみれば,Turingが提唱してから40年間も,誰もTuring波の生命系における実在を証明できていないのだ.そのうえ,自分はろくすっぽ数学ができないときている.
う~む・・・・・・・
だが,まあ悲観的なっても仕方ない.有利な点だってあるのだ.現実世界との関わりの薄い数学屋さんと違って,こちとら,さんざんバイテク労働で鍛えられた叩き上げ,いわゆるピペット土方である.穴掘りは得意中の得意だ.糸井重里じゃないけど「パワーショベルだろうが,ジェットモグラだろうが必要ならなんでも使っちゃるぞ,ごらぁ」という気合いがあるんだから,きっとなんとかなるだろう.
暗号の解読。探すのは波の動きだ! さて,まずなんといっても,地図の解読である.Turingの論文は,あまりに抽象的すぎて,具体的にどんな実験をすればよいのかは指示してくれない.それを,推理しなければならないのだ.
Turingの主張を一言で言ってしまえば, 「反応と拡散の作る波(Turing 波)が,発生の位置情報を作る」 となる.
通常の実験生物学の発想には出てこない概念が「波」である.これが、一番実験家達にとって、胡散臭く感じられるのだ。だったら、その点をクリヤーするしかない。つまり、「波」が存在することを、誰の目にも明らかにしてやればよい.
さて、どうすればよいだろうか?
分子生物学の常識から戦略を考えると,まず,何かパターン(形態)の変化した突然変異を探し,それの遺伝子・分子を特定する.で,次に,その発現・局在が波のようになるかを調べる……というストーリーが浮かぶ.しかし,それは現時点では,間違った道である.なぜかと言うと,見つけるべきなのは「波」なのであって分子ではないからだ.どんな分子を見つけたとしても,それが波を作っているかどうかとは,全然別の話である.だから,そっちに行ってはいけないのである.危ない,危ない.
だが,そもそも「波」って何だろう? 波にもいろいろ種類があるが,共通しているのは,「波」が媒質の動きであることだ.そう,「物」ではなくて「動き」なのだ.だったら,Turing波っぽい生命現象を探しだして,そのパターンの動きを記録し,それがTuring波のシミュレーションと一致すればよいということだろうか?
う~~ん,多分、それで間違いない.ただ,Turing波は,「動かない波」なので,動きを見るのにちょっと工夫がいる.Turing波の重要な性質の1つは,パターンを乱されると,周辺の波が動いて,元の間隔に戻ろうとすることである.その過程で,Turing波独特の動きをするはずなので,それを観察すればよいのである.
では,それを実験でやるとして,具体的な研究対象を選ばねばならない.一番Turing波っぽい生命現象は? これはもう,誰が見ても明らかに,動物の皮膚模様である.シミュレーションの論文も山ほどある.外から見えるので,観察のしやすさも抜群である.もし,動物の皮膚模様が本当にTuring波であれば,何かの方法で模様を乱してやっても元に戻る,ということになる.しかも,シミュレーションが予測するとおりの過程をたどって.う~ん.よしよし見えてきたぞ.しかし,どうやったら模様を乱すことができるだろう?
しばし考えたが,実は,乱す必要すらないことにすぐに気がついた.なぜなら,その動物が大きくなれば,模様の間隔が勝手に開いていく.間隔を保つ性質を持つ「波」にとっては,乱されたのと同じことだ.何とかして,元の間隔に戻ろうとするだろう.だから,その過程で起きる変化を,シミュレーションと比較すればよい.つまり,ぶっちゃけて言えば,単に餌をやって,動物を成長させ,見ていればよいということになる.え? ほ,ほんとにそんなんでいいのか?
動物選び あとは,動物選びである.実験室で飼えて,模様が動きそうな動物を探せばよい.さあ,動物園でスクリーニングだ.シマウマやヒョウはきれいだが,残念ながら飼うのは無理だ.しかも,シマシマの幅が場所によってかなり異なるから、微妙にシミュレーション結果と違う気がする。波のようには見えるが、何か余計な要素が付随していそうで厄介だ。
これはちょっとダメかも.ちょっとがっかりしつつ,今度は水族館に行って熱帯魚を見ると,Turing波そっくりの模様がたくさんあるではないか.その中でも,最も気にいったのが,このタテジマキンチャクダイである.ね,見ているだけで,動きそうな模様でしょう.
というわけで,地図の解読作業は終わってしまった.タテジマキンチャクダイを飼い,餌をやり,大きくなる過程の模様変化を記録する.それだけである.めちゃくちゃ簡単である.しかも,魚の模様がうようよ動くなんて,超意外でインパクトも絶大だ.さすがはTuring .天才は違うね.
……だが,ホントに動くんだろうか……
不安と孤独との戦い 生命科学の冒険の旅には,マフィアの刺客も謎の原住民も現れない.だからいきなり銃や弓矢で襲われる心配はないのだが,その代わりに「孤独」や「不安」という敵と戦わねばならない.「なんだ,その程度じゃちっとも怖くないぞ」と思われるかもしれないが,これが,かなりの難敵である.ドラクエで言えばギガンテスくらい手ごわい.
生命科学の実験を行うときは,関連論文を漏れなく読み,さらに,実験の意義や手法の妥当性などについて,周囲の研究者と,よく議論することが必須である.そうしないと時間と労力(普通,年単位の時間がかかる)が無駄になってしまう可能性が高い.だから,議論と情報収集が大事だと教わってきた.だが,宝の地図を信じているのが自分だけの場合,それがまったくできないのだ.
論文を読めば,そのほぼすべてが「Turingではない」と断定してくれる.さらに,発生学者であるからには,同じ宝を求めているはずの研究室の同僚たちは,誰も,興味すら持ってくれない.毎日元気に議論を戦わせつつ実験を進める同僚達を眺めながら,孤独感が増していく.思い切って,タテジマキンチャクダイの研究計画を何度か話してみたことがあるのだが,皆,つまらなそうに「インタレスティング」と言い捨てて,去って行くのである.う~,さ,さむい(T_T) .
誰からも賛同が得られないので,自分の考えが本当に正しいのかどうか,不安になってくる.そのたびに,もう一回はじめから考え直し,Turingの考えの正しさを再確認するのであるが,その過程で,逆に,自分のほうから,周囲の発生学者のやっていることに興味が持てなくなっていく.孤独と不安のスパイラルである.
という訳で,せっかく発生研究の中心地に留学に来ているにもかかわらず,そのことが,逆に不安を増す要因になってしまった.これは最悪である.全然関係ない分野の人に囲まれているほうが,まだましな気がする.そう思いだしたころに,筆者の大学院時代の恩師であるH先生から,「戻って来て免疫の研究をやってほしい」というオファーをいただいた.う~ん.よし.日本に帰ろう。Turingの証明実験は家でもできそうだから,どこにいても同じだ.だったら,日本でやったほうが孤独感もまだまぎれるだろう.
研究開始~まずは情報収集
帰国して,本業の免疫の仕事に慣れた夏ごろから,裏実験の準備を始める.まず心配だったのは,「魚の模様が動く」ことを本当に誰も知らないのかどうかだ.とりあえず,京大の魚類専門家の何人かに聞いてみたが,誰もそんなことは聞いたことがないとのこと.webでもさんざん調べたが,そんな記事は1つも見つからない.しめしめ,気がついておらんわい,と思いつつも,多少不安になるのは否めない.だって,模様が動くんだぜ? そんなおもろいことに,専門家がだ~れも気がつかないって,どういうこと? も,もしかしたら,動かないとか……?
一方,その作業と並行して,休日に熱帯魚屋と水族館を回る.できるだけたくさんのタテジマキンチャクダイの写真を撮り,大きさと縞の本数の関係を調べる.20匹以上の写真を撮って確認したところ,縞の本数が魚の大きさに比例しているようだ.つまり,縞は成長と供に,徐々に増えていくと考えざるをえない.うん,やっぱいけそうだ.
しかし,悪い情報もある.熱帯魚屋の店主たちに,「この魚を飼って大きくしたい」と話すと,「素人には無理.生け花だと思ってくれ」と言う.当時の海水魚の飼育レベルは,今よりもはるかに低く(特に人工海水の質の問題が大きい)海水魚を長時間飼うのは,一部のマニア以外には無理だったのである.チャレンジするとしても100万円近くかかることがわかった.う~~ん.100万…….なくはないが,貯金が0になるなあ.しかも,失敗する可能性もかなりあるし…….失敗したら,立ち直れんぞ……ううむ.
救いの大阪おばちゃん光臨!!
しかし,突然そこに救世主が現れたのである.妖艶な美女でも天使でもないが,20件目くらいに訪ねた熱帯魚屋のおばちゃんがこう断言したのである.
「魚の縞模様? 動くよ.」
えっ? 動くの? 知ってたの? おばちゃん論文書かないの????
そのおばちゃんだけが模様が動くことを知っていたのには理由がある.おばちゃんには「愛」があるのだ.おばちゃんの店が他の店と違うのは,入荷した魚を,ちゃんと餌付けしてしてから売ってくれることだ.海水魚は非常に神経質な生き物である.輸入されて,家の水槽に入れられても,餌を食べてくれず,そのまま死んでしまうこと多い.まさに生け花である.しかし,そのおばちゃんは,店の良い環境で大事に育てて,人工餌を食べるようになってから売ってくれるのだ.当然,1 匹1 匹を毎日注意深く見ていることになる.その人が動くと断言したのである.こんな力強い味方はいない.オーケー,おばちゃん,あんたに賭けるぜ.水槽一式と魚売ってくれ.なにっ? 水槽が70 万円?安いっ! 魚一匹、14,500 円? のーぷろぶれむ!! さあ,宝の洞窟へ突入だぁ!
模様は変わる。おばちゃんの言った通りに 飼育が始まると,ある意味やるべきことは終わっており,後は餌をやるだけである.飼育には,じつは約1年かかったが,その間はただ待つことしかできない.最初はなかなか大きくならない.魚が病気になると,すぐにおばちゃんに電話をして対処法を聞き,夜中まで看病したりした.次第に魚は環境になれ,大きくなり始める.そして,徐々に模様が変わり始めたのである.
最初は,気のせいか,目の錯覚かと思った.期待がありすぎて,脳に間違った映像を送っているのかもしれないとか思ったりもした.しかし,1週間2週間とたつうちに,より明らかに,しかもシミュレーションの予測の通りに動き始めたのだ.Turing波実在の動かぬ証拠が,目の前で泳いでいるのである.
絶対にそうなると信じていたが,やはり目の前で起きていることは奇跡のように感じた.宝箱の中には紛れもなくお宝が存在し,それを自分だけが,今,目にしている.多分,これ以上科学者として幸せなことはないだろうなあ,とぼんやり思いながら,いつまでも魚を眺め続けていた.
最後の闘い?
さて,宝は見つかったが,冒険はまだ終わりではない.それを掘り出して生還(論文を発表して世界的に認められる)しなければ,自分の物にはならないのだ.そもそも,数理生物学など習ったことにない自分に,この論文が書けるのか?書けたとしても,Turing波にまったく興味を示さない発生学者が,これを受け入れてくれるのだろうか.
とにかく,どこかで一度発表して,他の研究者の反応を見たい.それをしないと,どういうスタンスで論文を書けばよいかもわからないではないか.しかし,それには問題がある.これは隠れ実験なのである.H先生(注1)にばれたらタダでは済まない.どうしよう…….
ラスボス登場
悩んでいてもらちがあかないので,危険を承知で,分子生物学会のポスター発表に出すことにした.分子生物学会は巨大学会で,演題は5000くらいあるし,超忙しいH先生は,おそらくポスター会場には来ない.もし来ても,免疫分野の周囲にしか行かないだはずだ.だから,まず見つかることはないだろう.とかなり楽観的に計算し,演題を投稿したのである.発表まで4カ月ほどあったので,日曜日に少しずつ発表の準備を整える.他の研究者の反応を見るのが楽しみでウキウキしていた11月の中頃,H先生から「ただちに教授室に来るように」という電話があった.「??」なんだろう? 実験のことかな?
教授室に入ると,なんと、部屋に怒りのオーラが充満している.「こ,これはやばい」と身構えた時に,すでにダース○ーダーと化したH先生が,ゆっくり口を開き,重々しくおっしゃるのであった.
「昨日,分子生物学会の要旨集が送られてきました.中を眺めていたら,た・い・へ・ん・きょ~み・ぶ・か・い演題をみつけました.ど~ゆ~ことだか,説明しても・ら・お・う・か 」
「(ぎょえ~~)(あわわわ)いえ,あの,その,え~と,あれはですね,じつは,そのう,そう,しゅ,趣味.趣味なんですよ.なんか,ねったいぎょ飼ってたら,模様が変わったので,それをちょっと出してみたんですぅ~~~.ほんとです…… (T_T)」
必死にそう言い訳し続け,さらに一層免疫の研究に尽力することを誓って,この日はとりあえず釈放ということになった.いや,本当に,生きた心地がしなかったでございます.もちろん,勤務中は免疫の実験をしているし,魚を飼っているのはアパートで,費用は全部自腹だから,この言い訳は形式的には通るはずである.しかし,筆者の所属していた当時の京大医化学教室は,人生のすべてを懸けて研究に集中するのが当たり前,という世界である.隠れ実験など認められるはずないのである.
無事生還
数週間後の分子生物学会では,H先生は筆者のポスターには来なかったが,その代わり,多くの,予測よりもはるかに多くの人が来て話を聞いてくれた.常に30人くらいの人が取り巻いている状態が続き,自分で言うのもなんだが,大人気だった.ただ,その割に,発生学の専門家はあまりやって
こない.なぜだろう? あまりにとっぴな内容に戸惑っているのかな? その理由はともかく,これはじつに重要な情報であった.一般人向けのほうがうけるのである.だから論文も,あまり専門的な書き方になってはいけない.うん,それなら自分でも書けそうだ.論文を送る雑誌は? 一般人にめっちゃ受けるのであれば,「Nature」しかないではないか.
論文を書くのに4カ月かかった.不安いっぱいで郵便局に持っていき書留で送る(まだ郵送の時代です。) .天神様にはお参りに行かない.道真なんぞより,Turingのほうがはるかに天才なんだから,拝む必要などないのだ.
郵送にもかかわらず,返事は予想外に早く,10日目に帰ってきた.「門前払いか……」と落胆し,半べそかきながら封を開けたのだが,なんと,査読が終わっている.それどころか,少し語句を修正するだけでアクセプトすると書いてある.ええっ?? ま,まじ?? レフェリーの一人はTuring理論の語り部,マインハルトであった.コメントは,「I like this paper very much.」 で始まっており,結びが,「I fully support this paper.」である.この論文によりTuringの理論は復権し,語り部の夢も叶ったのであった.
この論文のおかげで,筆者は徳島大学に職を得て,以後,正式にTuring pattern の研究を続け今に至る.宝を持って,無事に生還することができたわけです.その後,H先生とはちょっと複雑な,しかし,悪くない関係である.ラボの研究と違う研究にうつつを抜かしていたわけなので,先生としては筆者の研究を認めることは立場上できない.だから,Turing 波の研究に関して,現在まで,お言葉を直接いただいたことは一度もない.しかし,先生はタテジマキンチャクダイの写真が載った論文(H先生は著者リストに入っていない)の表紙を額に入れて,京大医化学教室の廊下に10 年以上飾っておいてくれたのである.さすがと言うか,渋いというか,やはり大物はやることが違うのである.
教科書を捨てて,旅に出よう!
さて,以上,筆者の体験した生命科学のお宝探しをノンフィクションでお送りしましたが,いかがでしたでしょうか? おれもやるぞ~~と気合がみなぎってきたんじゃないですか?
え? そんなことない?・・・・・
じつは,数年前によその大学へ集中講義に行った際に,この体験を一生懸命語り,学生たちをその気にさせようとしたが,「いや,面白かったんですけど,極端すぎて参考になりません.」と言われ,ずっこけたことがあります.まあ,確かに普通じゃないことは認めるし,運に助けられた面があることも否定できない.しかし,運はどんな研究に対しても必要なのはいっしょである.それに,よく読めばわかるように,筆者のやったことはやる気さえあれば,誰にでもできたはずなのだ.Turing の理論は,発生学者であれば誰の眼にも見えるところに転がっていたし,シミュレーションをすれば(これは,ほとんどの人が想像するよりもはるかに簡単.)模様がどう動くかもすぐにわかる.特別な才能などまったくいらない.さらに,熱帯魚屋に行くだけで,動くと保証してくれる人までいたのである.必要だったのは,たとえ周囲の誰もが否定しても,宝の地図が正しいと信じ続ける根性だけだ.
ですから,ちょっとだけ,あなたの魂の底にいる冒険野郎の声に耳をすませてみましょう.そいつが「おれもやったるぜ~」と声を上げていたら,とりあえず宝の地図を探してみることをお勧めします.そして,もし地図が手に入ったら,絶対に掘りに行くべきです.現実のサイエンス・クエストは,TVゲームなんかより何百倍も感動的だし,掘りあてれば,一挙に人生まで変わっちゃいます.論文が出てから1,2 年は,世界のどこの学会に行って誰に会っても「あの魚の縞模様をやったのは自分だ」と言うと,「お~あれがお前か」と言ってもらえました.つい数カ月前には,まったく無名だったのに,です.これは,なかなかの快感でしたよ.
冒険の旅の手引き
さて,結構長くなってしまった.最後にやる気になった諸君のために,2つだけ大事なことをお話しして終えることにしたい.1つ目はお宝の分け前に関すること.2つ目は宝の地図をどうやって手に入れるかである.
宝の分け前
まずどうしても気になるのが,掘りだした宝は誰のものかということだ.もし,苦労して証明しても,それを提唱した理論家の手柄になってしまうのでは? と心配になる方もいるかもしれない.だが,安心していい.証明した人間の分け前が少ないということは絶対にない.Turing model のような,画期的な理論ですら,実証されるまでは机上の空論扱いだったのである.理論の背景にある数式そのものに信憑性のない生命科学の世界では,実験と証明に比重がかかるのは当然である.だから,安心して掘りに行ってください.
逆に,理論系の人たちにとって,この条件はちょっと厳しい.理論がなければ絶対に発見できない宝であれば無視されることはないが,実験家がその理論を知らずに(宝の地図として使わずに)同じ現象を発見することは十分にありうる.何しろ,実験屋はたくさんいて手当たり次第に掘りまくっているのだ.その場合,理論の論文は引用されることもなく,予言などなかったことになる可能性が高い.「俺が予言していた」,と叫んでも後の祭りである.それじゃ,理論研究は割に合わない,と思われるかもしれないが,大丈夫です.対抗策はちゃんとある.実験屋がやる前に,自分で宝を掘ってしまえばいいのだ.自分で描いた宝の地図である.その正しさや重要性を疑う必要はない.だったら,掘りに行かないほうが不自然じゃないですか.実験なんぞ,半年も修行すれば誰でもできるし,答えを知っているので,最小の労力でできるはずだ.(タテジマキンチャクダイの例を思い出してください.あれ,必要だったのは餌をたっぷりあげることだけです.)もし,どうしても自分でできない場合は,その宝を掘ってくれる実験屋を探し,口説き落とせばよい.一緒に旅をしてくれるパートナー探しは,ドラクエの重要な要素の1 つであることは言うまでもない.
宝の地図の探し方
2 つ目は宝の地図をどうやって探すか,である.様々な数理モデルの解説は,数理生物学の教科書とか,数理系の雑誌(「The Journal of Theoretical Biology」など)に載っているが,それらを網羅的に読んでその中からピックアップするのはしんどい.そもそも,数学数学しすぎてて,何が書いてあるかわからないし,それぞれの意義や妥当性も,未知数である.
結局のところ,自分が「掘りたい」と思いこむことができなければ意味がないので,「自分が何を見つけたいか」を先にはっきりさせるのが効率的だ.もしあなたが,今の生命科学の方向性にすっかり満足しているのであれば,別に地図などいらない.その方向にまっすぐ進めば(たぶん激しい競争に勝ち残ることが必要),OKだ.しかし,もしあなたが20年前の筆者のように,現在の生命科学に何か違和感を持っていたり,みんなが目指す方向と違うところに答えがあるような気がしていたら……,その思いを大切にしよう.そして,なぜ自分は違和感を感じるのか,どういうことがわかれば自分は満足できるのかを一生懸命考えよう.で,それがおぼろげにでもイメージできたら,数理モデル関係の冊子(日本語のものでも可)の目次だけでも,ぱらぱらめくったり,筆者のやったように,それをいろんな人に話します.あるいは,数理生物関係の学会に行ってみるのもいいかもしれない.掘りたい宝のイメージさえあれば,地図に出会えた時に「これだ!」と思えるはずです.良いアイデアは,いろいろなバリエーションで繰り返し発表されているので,出会える確率はかなり高い.また,実験家の協力を求めている理論系冒険家に出会える可能性もある.もし,宝の地図を見つけるか,相棒に出会えたら,あなたは,もう,宝への道の3 分の1 くらいは来ていることになる.あとは,そう,ひたすら自分の考えを信じ続けることさえできれば,たぶんお宝を拝むができるでしょう.
さあ,旅に出よう! さて,今回の話は以上で終わりです.決心はできましたか.できましたよね.では,よい旅を,そして良い研究人生を. ボン・ボヤージュ(^^)/~~~
注1
H先生とは、京大医学部教授で、オプジーボという癌の免疫療法を開発した本庶佑先生です。
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